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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)190号 判決

原告

相模原市

ほか一名

被告

帝都自動車交通株式会社

主文

一  被告は原告に対し、金一二九万一二四三円及びこれに対する昭和五六年一二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一二九万一二九三円及びこれに対する昭和五六年一二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五五年五月一三日午後四時一一分ころ、東京都品川区勝島一丁目九番五号先路上において、訴外市川圭三(以下、訴外市川という)運転の普通乗用自動車(足立五五え一一四四、以下、本件車両という)が道路を横断歩行中の訴外宮澤義信(以下、訴外宮澤という)に衝突する事故(以下、本件事故という)が発生した。

2  傷害及び治療経過

訴外宮澤は、本件事故により、両下腿骨骨折、左手挫創、頭部外傷、外傷性眩暈、顔面多発挫創、右外傷性腓骨神経マヒの傷害を受け、昭和五五年五月一三日から同年六月末日まで財団法人河野臨床医学研究所附属第三北品川病院へ、同年七月一日から昭和五六年六月二三日まで同第一北品川病院へそれぞれ入院して治療を受けた。

3  責任原因

被告は、本件車両を所有し、これを運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害賠償請求権の代位取得

(一) 原告は、国民健康保険事業を行う保険者であり、訴外宮澤はその被保険者である。

(二) 原告は、訴外宮澤が本件事故により受傷したため、国民健康保険法三六条に基づき、昭和五五年五月一三日から昭和五六年六月二三日までの間、療養取扱機関たる前記第三北品川病院及び第一北品川病院において療養の給付を行つた。

右療養の給付に要した費用の総額は金三〇七万四四九〇円であり、当該療養の給付に関し被保険者たる訴外宮澤が負担しなければならない一部負担額(三割相当)は金九二万二三四七円であつた。

(三) 原告は、国民健康保険法第六四条一項に基づき、右療養の給付に要した費用の総額から訴外宮澤の一部負担額を控除した残額金二一五万二一四三円につき、訴外宮澤が被告に対して有する損害賠償請求権を代位取得した。

5  よつて、原告は被告に対し、右金二一五万二一四三円の内金一二九万一二九三円及びこれに対する支払命令送達の日の翌日である昭和五六年一二月一七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、本件事故により訴外宮澤が受傷したことは認めるが、傷害の内容、治療経過等は不知。

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)の事実は知らない。

(二)  同4(二)の事実は知らない。

なお、昭和五五年七月分の診療報酬中の胸部レントゲン写真大角一枚(一四二点)、同年八月分の診療報酬中の肺機能検査(二二〇点)、胸部レントゲン写真大角一枚(一四二点)及び昭和五六年五月分の診療報酬中の耳処置(一〇点)は、いずれも本件事故と因果関係を有しないものである。

(三)  同四(三)は争う。

三  抗弁及び被告の主張

1  免責ないし過失相殺

(一) 訴外宮澤が横断しようとした本件道路は、片側車線の幅員が一〇・三メートル、中央分離帯を加えた全幅員は二二・五メートルである。本件車両は第一京浜方面から大井埠頭方面へ向け進行していたのであるが、進行方向右側の歩道と車道との境に沿つて並木、植木があり、ガードフエンスも設置されている。また、幅一・九メートルの中央分離帯には植木があり、進行方向左側の歩道と車道との境にも車道に沿つて並木、植木があり、ガードレールが設置されていた。

訴外宮澤は、競馬場からの帰り、道路反対側の駐車場に行くため、前記ガードフエンスの切れ目から横断を開始し、中央分離帯に達し、同分離帯の植木の物陰から本件車両の直前に飛び出したもので、同車の運転者である訴外市川は急制動、ハンドルの急操作をしたが間に合わず、本件事故が発生したものである。なお、本件事故のあつた場所は歩行者横断禁止の交通規制がなされていたが、前記ガードフエンスの切れ目のところと道路反対側のガードレールの切れ目のところに歩行者横断禁止の道路標識が設置されていたから、訴外宮澤は横断禁止であることを十分承知していたものである。

以上のとおり、本件事故は、訴外宮澤の一方的過失によつて惹起されたもので、被告及び運転者である訴外市川に過失はなく、本件車両に構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたから、自賠法三条但書により被告に責任はない。

(二) 仮に被告に責任が認められるとしても、訴外宮澤には前記のとおり重大な過失があるから、損害額の算定にあたり少なくとも七割の過失相殺がされるべきである。

2  損害賠償請求権の代位取得に関する主張

(一) 被告は、訴外宮澤に対し、同人の本件交通事故による治療関係費として、治療費金一五三万七〇七一円、看護料金一六六万四五六〇円、入院雑費金二八万一九五〇円、ふとん代金四万四六六〇円、以上合計金三五二万八二四一円を支払つた。これに原告主張の金二一五万二一四三円を加えると合計金五六八万〇三八四円となり、被告が支払つた治療関係費はそのうちの六二パーセント強にあたる。

(二) 前記のとおり、被告の負担(過失)割合は三〇パーセントを超えることはないから、被告は訴外宮澤に対し、治療関係費につき既に過払状態になつている。従つて、訴外宮澤は、診療費に関し被告に対する何らの損害賠償請求権も有し得ないから、原告が損害賠償請求権を代位取得する余地は存しない。

(三) ちなみに、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という)一二条の四第一項の第三者に対する損害賠償請求権の代位取得の規定に関し、労働省労働基準局長は、昭和三五年一一月二日基発第九三四号において、「当該災害によつて発生した損害につき過失相殺を行つたうえ、受給権者が第三者に対し損害賠償として請求し得べき額を算定し、その額を超え、受給権者が第三者より損害賠償を受領している場合には、政府は、第三者の行為によつて発生した当該災害につき保険給付を行つても第三者に対し、損害賠償請求権を取得しないものとして取扱うこと」との通達をしている。

国民健康保険の取扱いについても、右と同様に解すべきである。

四  抗弁及び被告の主張に対する認否、反論

1  免責及び過失相殺の主張は争う。

2  被告は、本件事故による被告負担部分については既に訴外宮澤に弁済ずみであり、原告が損害賠償請求権を代位取得する余地はない旨主張している。

しかしながら、国民健康保険法六四条一項に基づく代位取得は、保険給付の都度成立するものであつて、原告が保険給付をしたことにより損害賠償請求権を代位取得した後において、被告がいかに訴外宮澤に弁済しようとも、原告に対しては法律上何らの意味も有するものではない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第四号証の一ないし一四によれば、請求の原因2(傷害及び治療経過)の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

三  請求の原因3(責任原因)の事実は当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条により、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

四1  成立に争いのない甲第二号証及び第三号証によれば、原告は、国民健康保険事業を行う保険者であり、訴外宮澤はその被保険者であることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

2  前掲甲第四号証の一ないし一四及び成立に争いのない甲第六号証、第七号証の三、第九号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。原告は、訴外宮澤が本件事故により受傷したため、国民健康保険法三六条に基づき、昭和五五年五月一三日から昭和五六年六月二三日までの間、訴外宮澤が治療を受けた前記第三北品川病院及び第一北品川病院において療養の給付を行つた。右期間中に療養の給付に要した総費用のうち、本件事故と因果関係のあるものは金三〇七万四三九〇円(被告主張の耳処置一〇点分は因果関係がないから除く)であり、そのうち、当該療養の給付に関し被保険者たる訴外宮澤が負担しなければならない一部負担額(三割相当)を控除すると、残額は金二一五万二〇七三円となる。

被告は、昭和五五年七月分の診療報酬中の胸部レントゲン写真大角一枚、同年八月分の診療報酬中の肺機能検査及び胸部レントゲン写真大角一枚について本件事故との因果関係はないと主張するが、前掲甲第九号証に照らすと右主張は理由がないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  そこで、被告の免責ないし過失相殺の主張について判断する。

1  成立に争いのない乙第三号証の二、証人宮澤義信及び証人市川圭三の各証言によれば、本件事故現場の道路状況は、抗弁1(一)記載のとおりであり、かつ、被告主張のような歩行者横断禁止の交通規制がなされていたこと、訴外宮澤は、数人の横断歩行者に続いてガードフエンスの切れ目から横断を開始し、中央分離帯に達し、さらに道路反対側の駐車場に行くため歩き出したところ本件車両に衝突されたこと、本件事故現場の制限速度は時速四〇キロメートルであるが、本件車両は時速六〇キロメートルで走行中であつたこと、訴外宮澤が中央分離帯から道路反対側に渡ろうとしたとき、同人より先に横断をしていた数人の歩行者のうちの最後の者は車道上を横断中であつたから、訴外市川は、さらに横断してくる者があることを予測し得る状況にあつたこと、訴外市川は、約一二・五五メートル前方に訴外宮澤を発見し、ハンドルを少し左に切り、急制動の措置をとつたが回避できずに衝突したこと、がそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、訴外市川には過失がないとはいえないから、その余の判断をするまでもなく、被告の免責の主張は失当である。

3  また、右事故態様その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担を考えると、本件における過失相殺割合は四割とするのが相当である。

六  進んで、損害賠償請求権の代位取得について判断する。

1  被告は、訴外宮澤に対する治療関係費につき、過失相殺を考慮すると既に過払状態になつているから、原告が診療費に関し訴外宮澤の損害賠償請求権を代位取得する余地は存しないと主張し、労災保険法一二条の四第一項の第三者に対する損害賠償請求権の代位取得に関する労働省労働基準局長通達(第三者に求償権を行使しない取扱いをする場合についての通達)を援用する。

しかし、国民健康保険法六四条一項の第三者に対する損害賠償請求権の代位取得に関し、右と同様の取扱いをすべきであるとした通達等が存在することを認め得る資料は存しない。

そして、同法六四条一項によれば、「保険者は、給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、保険給付を行つたときは、その給付の価額(当該給付が療養の給付であるときは、当該療養の給付に要する費用の総額から当該療養の給付に関し被保険者が負担しなければならない一部負担金に相当する額を控除した額とする)の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する」と規定されているのであるから、原告は、保険給付を行つた時点において、訴外宮澤の被告に対する損害賠償請求権を取得するのであつて、その後に被告が訴外宮澤に多額の治療関係費を支払つたからといつて、原告の取得した請求権に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

2  原告が保険給付により代位取得した請求権は、訴外宮澤の被告に対する損害賠償請求権であり、前記判示の過失相殺割合に応じて減額されることになるから、原告は被告に対し、前記認定の保険給付額金二一五万二〇七三円の六割にあたる金一二九万一二四三円の請求権を有することになる。

(ちなみに、右の結論は、一部保険の場合に、比例分担の原則に従い、保険給付額の損害額総額に対する割合によつて請求権の代位取得を認めることと同一の結果となる。即ち、原告の前記保険給付額金二一五万二〇七三円に被告が訴外宮澤に支払つたと主張する金三五二万八二四一円を加えると、治療関係費の総額は金五六八万〇三一四円となり、訴外宮澤が被告に対して有する損害賠償請求権は、前記判示の割合で過失相殺すると、その六割にあたる金三四〇万八一八八円となるが、これに保険給付額の損害額総額に対する割合を乗ずると、原告が代位取得により被告に対して有する請求権は、次のとおり、金一二九万一二四三円となる。

3,408,188×2,152,073/5,680,314=1,291,243)

七  以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、右金一二九万一二四三円及びこれに対する本件支払命令送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年一二月一七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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